2011年01月19日
その4 衰退する伝統文化への打撃
奄美大島ではあちらこちらで水に浸かり処分することになった畳や家財道具などが山のように置かれていた。その中には「民具」と言われるものも含まれている。

(写真5)龍郷町円 廃棄処分される家財道具の山
<民具は「人びとが生活の必要から製作し、使用してきた古風な器具や造形物の総称とみなすことができる。いわば日用品とほぼ同義の言葉であるが、一般的には、機械によって大量生産された製品を除外する。」(WIKIPEDIAより)と言われているものである。>
脈々と続く奄美の生活で使用されてきた多くの民具がこの浸水で廃棄されることになってしまった。民具が廃棄されるということは、それと同時にその民具を使用していた生活様式も失われることになるのである。
奄美は言わずと知れた大島紬の産地である。昭和60年代以降、需要が急激に減り、平成に入ってからは大島紬業が衰退していった。織り賃も全盛期の三分の一まで低下し、紬で生計を立てることがとても難しい時代に入ってきた。織り子さんも高齢化してきた。
今回の水害の大きな被災地に龍郷町がある。ここは紬の里として紬業に携わる人の多い町だ。今回の水害で紬関連の機械や織り機なども水に浸かり、廃棄処分されるゴミの山にあったという。高齢の織り子さんの中にはこれを機に機織りを止める人もいるのではないかと心配されるところである。

(写真6)龍郷町円 浸水した機織り道具

(写真7)龍郷町円 浸水した織り上げた反物。売り物にはならないが廃棄できずに、汚水を洗い流し干している。
また、紬の糸を染める泥染めの泥田の中にも土砂崩れの影響で赤土が混入し、泥染めが難しくなったところもあるという。
大島紬業の例はほんの一部にすぎない。時間の経過とともに緩やかに伝統文化が変化し、衰退していくこともあるが、この水害で民具が廃棄処分され失われることにより、伝統文化や伝統的な生活様式の急激な変化を余儀なくされることになろう。日常生活の復旧とともに、失われかけた民具や伝統的な生活様式の維持、保存にも注意を払わなければならないことと思う。
(写真5~7 2010年10月25、27日 圓山和昭氏撮影)
その5をみる
(写真5)龍郷町円 廃棄処分される家財道具の山
<民具は「人びとが生活の必要から製作し、使用してきた古風な器具や造形物の総称とみなすことができる。いわば日用品とほぼ同義の言葉であるが、一般的には、機械によって大量生産された製品を除外する。」(WIKIPEDIAより)と言われているものである。>
脈々と続く奄美の生活で使用されてきた多くの民具がこの浸水で廃棄されることになってしまった。民具が廃棄されるということは、それと同時にその民具を使用していた生活様式も失われることになるのである。
奄美は言わずと知れた大島紬の産地である。昭和60年代以降、需要が急激に減り、平成に入ってからは大島紬業が衰退していった。織り賃も全盛期の三分の一まで低下し、紬で生計を立てることがとても難しい時代に入ってきた。織り子さんも高齢化してきた。
今回の水害の大きな被災地に龍郷町がある。ここは紬の里として紬業に携わる人の多い町だ。今回の水害で紬関連の機械や織り機なども水に浸かり、廃棄処分されるゴミの山にあったという。高齢の織り子さんの中にはこれを機に機織りを止める人もいるのではないかと心配されるところである。
(写真6)龍郷町円 浸水した機織り道具
(写真7)龍郷町円 浸水した織り上げた反物。売り物にはならないが廃棄できずに、汚水を洗い流し干している。
また、紬の糸を染める泥染めの泥田の中にも土砂崩れの影響で赤土が混入し、泥染めが難しくなったところもあるという。
大島紬業の例はほんの一部にすぎない。時間の経過とともに緩やかに伝統文化が変化し、衰退していくこともあるが、この水害で民具が廃棄処分され失われることにより、伝統文化や伝統的な生活様式の急激な変化を余儀なくされることになろう。日常生活の復旧とともに、失われかけた民具や伝統的な生活様式の維持、保存にも注意を払わなければならないことと思う。
(写真5~7 2010年10月25、27日 圓山和昭氏撮影)
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Posted by クバァユ・プロジェクト at 21:41│Comments(0)
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